#24 あの日のワンダーランド

こんにちは。

じんです。

投稿飛ばしたアンド遅れました、、

当店は腕時計中心に取り扱っていますが、店内に振り子の時計が何点か置いてあります。

たまにですが、修理としてお預かりすることも。

いまでも壁掛け時計に愛着を持ち、日々ゼンマイを回し使ってる人がいて、お金をかけて修理までする人がいることに、正直驚きました。修理の値段でそれなりの時計なら買えそうだ。

むむ…。でも、そうじゃない。きっと。

ゼンマイを回すのも、分厚くてゴツいのも、それさえも生活の一部なんだ。便利さなんていらないんだろうな、と。愛着が圧倒的勝利。

そこで、思い出話をひとつ。

わたしが小さい頃、わたしの家にも大きな振り子の時計がありました。コチコチ鳴りながら、昼間でも夜中でも一時間ごとに鐘がなる。おばあちゃんはうるさがってたけど、それが普通だと思っていたから、わたしはなんとも思わなかった。それより、なんでもやりたがり屋だったわたしは、ゼンマイを回すのを心待ちにしていました。

時計は高いところにあって、ゼンマイを回すのに抱っこかおんぶか踏み台か、なにかしらによいしょよいしょと登って振り子の扉をあけて、ゼンマイ鍵を”慣れた手つきで”取り出して得意げに回す。まるでヨーロッパ映画に出てくるような、街の時計塔の時計師にでもなった気分で時間を合わせる。クッ、と巻き切ったところで、一仕事終えたわたしはまたよいしょよいしょと降りる。

一連の仕事は、わたしの中で特別でした。たぶん、川まで水を汲みに行く少年だったり、羊の世話を任された少女になったような気分。時計のゼンマイを回して、時間を合わせる作業が、まるでおとぎ話の主人公のようだったからだと思います。そのころ、わたしの頭はワンダーランドでした。

再びコチコチと鳴りだした時計はまた12時を指すたびに鐘がなって、鐘が鳴るたびにおばあちゃんは「うるさい」とぼやいてました。

掛け時計は、小学生のときに家を建て替えるタイミングで処分してしまいました。

ついでに眠っていたレコードも一緒に処分しました。古い食器棚や、とても重厚なテーブルも。

ものの価値なんてとうていわからなかったから、埃っぽいそれらが捨てられるのになんとも思いませんでしたけど。

建て替えた新しい家の時計には、秒針が鳴らない電波時計がやってきました。チャイムはオンオフ切り替え式で、暗くなると鳴らないようにできる機能までついていました。時計の文字盤の下には、なんだかよくわからないクリスタルたちがクルクル回って、意味がわからない。なんでクルクル回っているのか。クルクル回っているのに音が鳴らない!なんなんだこいつ。意味もないのにクルクル回りやがって。とか思ったり。

当時小学生だったわたしは、真新しい家に仲間入りした時計の、ぬるぬると滑るように動く秒針をみながら「なんかきもちわるい」と思いました。

最初は鳴るようにしてたチャイムも、いつのまにかオフになってました。

全く音の鳴らない時計はそのままわが家の一部になって、昔の時計がどんな音だったのかも思いだせないし、そもそもゼンマイを回して使ってたことも思い出すきっかけもありませんでした。

それから何年か、一人暮らしをし始めたころに、一度だけ壁掛け時計を買ったことがあります。安い雑貨屋さんの、本当に簡単な作りの時計でした。

それを壁に掛けみると、なかなか見やすいしそれなりに気に入ってて。だけど、いざ寝ようとしたときに、秒針のコチコチがうるさくて眠れない。一度気になると、本当に気になって仕方がなくなって、結局その日は電池を外して壁にかけ直して寝ました。

いずれ慣れるかと思って何日か電池を入れてみたけど、結局夜は外さないと寝れなかったし、昼間でさえ気になってきて、ある時から動かないままにしていました。

昔は夜中のチャイムでさえ気にならなかったのに、いまではコチコチアレルギーになってしまったのか。と思って、かなしい感じがしました。

動いてない時計はしばらく飾っていたけど、その後友達にあげました。

それからまた数年後。振り子時計に囲まれて仕事をするなんて思いませんでした。

昔の時計を思い出して、で、ああ、古いモノの良さってこういう違いなんだなって思った今日この頃であります。

でもきっと寝れなくなるから、もう家に振り子時計は置けない…ああ悲しき現代っ子…